貫井徳郎さんの「修羅の終わり」を読みました。
読んでみての感想としては、
輪廻転生的に“加害と報復”が繰り返される因果について描かれている作品だと感じました。
“個人の復讐の終わり”は訪れたとしても、また新たな被害は生み出され
“社会的な修羅の輪廻”は決して終わらない。
「必要悪を作るために犠牲を生み出し続ける」構図は、まさに国家権力の闇をえぐっています。
※以下、ネタバレ注意です。
3人視点の物語
ストーリーは、3人の人物の視点が入れ替わりながら進行していきます。
❶ 真木俊吾
歌舞伎町で殴られ後頭部強打、記憶喪失となってしまった青年。
本能的に警察を嫌がる。「小織」という少女に出会い、青年の前世は「斉藤拓也」だったのだと告げられる。
❷ 久我恒次
警察官であり、”桜”(裏の公安)として働いている。正義感が強い。
姉が無差別テロの犠牲になった過去があり、現在はテロ事件を起こしている”夜叉の爪”という組織を追っている。
❸ 鷲尾隆造
警察官だが、権力を悪用し強姦を繰り返す悪徳警官。
手柄欲しさに新しい売春組織を追っており、暴力の快感・欲求に囚われている。
同僚の和久井が原因で指を落とした経験がある。
ストーリーを時系列で説明してみる
❶ 真木俊吾の物語
1952年ごろ(5月18日)
- 斉藤拓也(真木俊吾の前世)は公安にスパイをさせられている。
- スパイ活動が組織にバレて、日本青年同盟にリンチされ殺される。
(おそらく姉も公安に利用され亡くなっている?)
1953年ごろ(5月18日)
- 斉藤拓也が生まれ変わり、真木俊吾が生まれる。
1973年ごろ
- 姉は公安の藤倉にスパイをさせられていたが、二重スパイがバレて藤倉に暴行される。
- 久我は藤倉の命令で、真木俊吾の姉をレイプする。
- 姉は陵辱を受けたことを苦に自殺。
- 真木俊吾は姉を失い、酒に溺れ、チンピラに暴行され記憶を失う。
- 記憶を失った俊吾を智恵子という少女が助ける。
- 小織という少女に「あなたの前世は斉藤拓也だった」と告げられる。
- 智恵子は売春婦で、客にホテルで首を絞められ亡くなる。
- 智恵子を失ったショックで俊吾は記憶を取り戻し、姉の復讐を誓う。
- 姉をレイプした久我の自宅に向かい、久我を殺す。
考察
小織の「前世発言」は妄言のようにも受け取れますが、物語の流れから考えるとやっぱり真実なんじゃないかな~とわたしは感じました。
斉藤拓也から真木俊吾へと同じ運命の輪廻が繰り返されていましたが、久我を殺したことでその因果がようやく終わったのではないか、と解釈できます。
また、智恵子が「生まれ変わるなんて嫌だよ」と強い拒否反応を示した場面があったのが印象的だったんですが
彼女自身もまた、”同じ運命を繰り返している”ことを暗示しているのかもしれませんね。
❷ 久我恒次の物語
1973年ごろ
- 桜(裏の公安)になるため講習を受ける。
- 夜叉の爪を追うべく、日本青年同盟の情報を集めるために齊藤という高校生をスパイにする。
- 齊藤は好青年で友情も芽生えたため、久我は罪悪感を抱く。
- 先輩・藤倉に強要され、藤倉の駒(スパイの女)を久我がレイプする。
⇨ この女が真木俊吾の姉。 - 齊藤の姉・玲子もスパイにするため近づくが、好意を抱いてしまう。
- 藤倉は齊藤玲子をレイプし、その後久我にも強要する。
- 齊藤が重要な情報を持ち帰るが、怪しい動きをしたため組織に殺される。
- 久我は藤倉を怨み、性器を切り取る。
- 自宅に戻ったところを真木俊吾に襲われ、殺される。
考察
齊藤は、「斉藤拓也(真木俊吾の前世)」と同じ運命をたどっています。
物語の中では明確には描かれていませんが、齊藤が亡くなったことによって姉も後を追うように亡くなった(自死など)可能性が高いのではないかと思いました。
そして、斉藤拓也と同じように、齊藤もまた輪廻転生して同じ運命を繰り返すのではないでしょうか。
❸ 鷲尾隆造の時系列
1977年
- 警察官になる。両親はこの頃亡くなる。
- 同僚・和久井が事件に強引に関わったため、鷲尾は指を切り落とす(すぐに接合)。
- 和久井は責任を感じ続ける。
1991〜1992年ごろ
- 職権濫用を黙認してもらうため手柄が必要となり、新しい売春組織を追う。
- 日下芳恵を留置所に入れ、証言を迫り屈辱的な仕打ちをする。
- 日下芳恵は「鷲尾に強姦された」と弁護士に訴え、鷲尾は警察を懲戒免職になる。
- 腹いせに日下芳恵をレイプ。彼女はその後自殺。
- 鷲尾に「お前を殺す」と電話が入るが、気に留めない。
- 警察官を狙って犯罪を繰り返し、爆弾を作ってテロ事件を起こす。
- 共犯の白木は公安と繋がっていた。
考察
日下芳恵は鷲尾にレイプされ、その後自殺してしまいました。
作中では描かれていませんが、彼女には弟が存在しており、その弟が復讐のために鷲尾に脅迫電話をかけていた可能性があるんじゃないかと思いました。
そしてその弟こそが齊藤の生まれ変わりであり、最終的には鷲尾を殺す役割を担うのではないかとも推測できます。
さらに、鷲尾が起こしたテロ事件も公安の誘導によって仕組まれたものだと考えると、
「夜叉の爪」のテロ事件や、久我の姉が犠牲となった事件についても、同じように公安が背後で仕掛けていた可能性が高いと言えます。
つまり公安は、こうした自作自演を昔から繰り返し行い、必要悪を生み出してきたのだと解釈できます。
考察まとめ
・真木俊吾(斉藤拓也)や齊藤は「姉を亡くし、仇を討つ」という輪廻転生を繰り返している。
・仇を討つことで輪廻は終わるが、その過程で新たな被害が生まれ、また別の輪廻が始まる。
・公安は正義の存在意義を示すために必要悪を自ら生み出し、自作自演を繰り返している。
つまり公安が「修羅の輪廻」の黒幕であり、誰にも終わらせられない構造を作っている。
「修羅の終わり」は約800ページとかなりのボリュームですが(新装版は上下巻にわかれているみたいですね!)、
加害と報復の輪廻を利用した叙述トリックによって、
最後までどう3つの物語が繋がってくるかわからず、夢中で読み進められました。
内容的には強姦描写や大切な人が亡くなるなど、辛い場面が多くて読んでいて苦しい部分もありました。特に鷲尾のストーリーは…。
でも序盤~中盤では、記憶喪失の青年・真木俊吾の物語が多少の緩衝材になったことで
苦しくなりすぎず読み進めていけたなと思います。
個人的には、その後鷲尾がどうなるかまで描いてほしかったな~!と思いましたが、
日下芳恵の弟(齊藤の生まれ変わり)が仇を討つのかな。
今回の作品も、作者の警察(国家)や宗教などの組織というもの対する不信感のようなものを感じて
「権力」「システム」「正しさ」について考えさせられました。
情報もみえてこない中で、どんな事柄にどんな思惑があるのかはわからないけれど
なるべくフラットな視点から物事を見られるようになりたいと思いました。
◎次に読むべき記事はこちら➡︎【読書・感想】貫井徳郎著『慟哭』
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